鋼鉄と鋼鉄が弾ける音が反響したかと思えば、球が飛んでいった軌跡が見送る。空へと飛び立つボールは建物の向こう側へと飛んでいく。タイミングを見計らい、見切り、確実に打ち返した。彼らは野球をやっている。部活ではなくて、ただの草野球だ。みんなでもう一度何かをやりたいと思っていた理樹には恭介の提案には賛成だった。文句を言いつつも真人も鈴も参加して、理樹に誘われて小毬、来ヵ谷、葉留佳、クドが参加して、マネージャーとして西園がいる。怪我が治る前までは謙吾も参加していたが、治れば元の部活に戻っていった。それでもたまには顔を出してくれるが。
「どーでもいいけどまずいんじゃないのか。あれは」
同じく野球ボールを見送った鈴が言う。それで理樹は向こう側には体育館と武道場がある事を思い出す。ホームランを打ったものの、誰かに当たったらまずい。当たってたら湿布とかも必要になるだろう。ホームランの野球ボールが当たったら痛い。
「ボールも少ないからとって来ないとまずいよねぇ」
「そうだな」
ちりんと鈴を鳴らして、鈴が頷く。
「取ってくるよ、人に当たってたらちょっと遅くなるかもしれない」
「うん」
「そうだな、その間は俺が鈴の練習を見ててやる」
恭介が口を挟み、理樹がバッターボックスを後にする。早めに戻ってくる必要があるが、恭介に任せておけば心配は無いかもしれない。
「じゃあ、行ってくるね」
それだけを言い残して、理樹がボールが飛んでいった方に小走りで行く。


「ええと、この辺だよね」
さっきボールが飛んでいったのは体育館と武道場の吹き抜けの辺りだ。辺りを見回してボールを探す。鈴も、恭介も待たせているから時間はあまりないのだが。あんまり待たせても悪い。
ふと、
「あれって・・・」
何かを見つけて、理樹が立ち止まる。さっきのバッティング練習に顔を出していなかったから、用事か何か・・・と言うのは風紀委員会にでも説教されているといった方が正しいのかもしれないが。
「何してるの、二人とも?」
ピンクの髪の同級生が口元に人差し指して静かに、と伝える。彼女は三枝葉留佳。理樹と同じ新生リトルバスターズの一員にして、ムードメーカー。常に大人しくしていられない性分の為、風紀委員会に目を付けられている。風紀委員長が彼女の双子の姉なのは何かの皮肉か。双子だと言うのに片方は生真面目になり、片方はトラブルメーカーだと言うのも少し可笑しい。
「あれです」
短くもう一人の青みがかった黒髪の女の子、西園美魚が視線で原因を伝える。彼女もリトルバスターズの一人で、運動は得意ではないのかマネージャーとして入り、木で読書しているのが主だ。マネージャーとしては優秀で、練習が終わったら麦茶を差し入れたりなどしてくれる。
「あれって、謙吾?」
ベンチに座っているのは謙吾だ。何処でも袴を着ている人間は謙吾しか知らない。その隣にもう一人いる事に気が付く。同級生の子だと言うのはわかった。美少女ではあるが、片目を眼帯に隠している。思い当たるのは一人しかいない。
「謙吾と、古式さんだね」
古式みゆき。弓道部のホープにして謙吾が気を遣っている子。同じ境遇だから元々話も通じているのはわかる。謙吾が気に掛けるのは恋愛感情とか・・・ではない。彼女は片目を事故で失明した。それ以来夢を無くした彼女を一層に気に掛けるようになっていったのは理樹も謙吾本人から聞いて知っていた。
「これって悪いよ、聞かなかった事にして戻ろうよ」
「えー、これからがいい所なのに」
「静かにしてください。直枝さん、三枝さん」
美魚から咎められて、二人して黙り込む。ここで見つかれば反って、謙吾に気を遣わせる事になる。


「趣味とかは見つかったのか・・・?」
「いいえ」
短く古式が否定して、謙吾が視線を下へと送る。
「そうか、・・・悪い事を聞いてしまったな」
「いいえ」
「そうか」
それきり、謙吾が黙りこくってしまう。


「謙吾君も一緒になって沈んでどうするですか。ここは黙るところじゃありませんヨ」
「まぁ、謙吾だしね」
明るくなった謙吾は・・・真人とは違ったベクトルの馬鹿になる。竹刀を持っていないと禁断症状でも起こるのか。
やっぱり何か悪い気がする。物陰でこそこそと出刃亀してるのも気が引けてくる。
「じゃあ、葉留佳さんだったらどうして欲しいの」
「こういう時は慰めるよりも盛り上げるべきだと思うのですヨ。二人して沈んでも底なしに落ちていくだけですしネ」
「・・・なるほど」
一理ある。二人して沈んでも解決する術なんてないのはわかる。
「謙吾さんの嫁は井ノ原さんだと思うのです。でも、古式さんも・・・ありです」
「・・・は? 嫁?」
「いいえ、何でもありません」
ぼそっと何かを呟いて、美魚が誤魔化す。そして、じっと理樹を見る。
「な、何?」
「恭介さんか鈴さんが攻めで、直枝さんが受けですね」
「でも逆に理樹君が攻めでもありだと思うんですネ」
は、っと美魚が葉留佳の顔をまじまじと見つめる。若干眼を輝かせて。
「それもありです。素敵です」
「理樹君が兄妹まとめて手篭めにするとか!」
「盲点でした! 新たな扉が開けそうです!」
「だから何の話なの?」
「いいえ、失礼しました」
頬を紅く染めて、美魚が誤魔化す。何の話なのかわからないが、微妙な悪寒だけは残った。
「・・・クドにもしてるの?」
「はい。毎晩」
こくりと美魚が頷く。クドのルームメイトを西園さんに頼んだのは失敗だったのかもしれない。クドには刺激が強すぎる・・・気がした。
「お、謙吾君が向き直った!!」
「・・・男の見せ所ですね」
女子二人が何か知らないけど、テンションが高まっていた。葉留佳がハイテンションになり、美魚がローテンションで固唾を呑んで見守っている。
「謙吾に・・・彼女か」
中々似合ってると思う。古式さんなら。二人とも口数が多い方ではなく、不器用だけど・・・理樹には似合っている気がした。
「うん、僕は祝福しよう」
真人が凹むぐらいで、恭介も鈴もみんなも祝福するだろう。真人が凹む理由は宿敵謙吾に彼女が出来て、自分が何故もてないのかに凹むのだ。
「真人がもてないのってどうしてだと思う?」
「え、そりゃ暑苦しいからに決まってるじゃん」
「・・・暑苦しいです。筋肉が」
良くわかる理由だった。頼もしいどころか筋トレのし過ぎで汗臭いのが逆に女の子には不評なのか。
「男性の魅力としては恭介さん、謙吾さんと比べたらむさいです。男らしいのも度が過ぎると暑苦しくて一緒にいると辛いです」
「デートとか行ったらトレーニングジムになりそうですしネ」
「もしくは・・・筋トレになるかでしょう」
「謙吾君だったら口数も少ないし、冷静だしネ。たま〜に馬鹿になるけどそれはそれで逆に、ネ。まー、許せる範囲、みたいな」
「はい、わかります」
こくこくと美魚が頷く。
「お前ら・・・筋肉の悪口言って・・・・・・楽しいかよ・・・・・・」
いつの間にかに背後に真人がいた。しかも一部始終聞かれていたらしい。かなり凹んでいた。ずーん、と理樹たちの背後に蹲っていた。理樹が遅いから様子を見に来たんだろう。そしたら聞かれてしまった・・・のか。
「理樹・・・お前もそうなのかよ。オレは部屋を出て、鈴に明け渡さなくちゃいけないのかよ・・・オレは土管の中で生活で、オレのいなくなった所に鈴が住んで、愛の巣になるのかよ・・・そんなお前らの様子をオレは一人寂しく遠くで見てるのか・・・うわあああああああああああああ!! いやだあああああああああああああああああああああ!!」
「僕は別に真人が嫌いな訳じゃないからね」
「おう」
「後、規則で男女一緒に生活できないのを覚えといてね」
「そうだったぜ。ふぅ、忘れてたぜ・・・」
復活していた。理樹たちに混じってその先を何事かと見る。
「ん、ありゃ、謙吾っちじゃねぇか。何やってんだ。あいつ。隣にいるのは古式か」
状況を把握して、にやりと真人が笑う。
「謙吾の先生よぉ・・・最近付き合いが悪ぃと思ってたらそういう事かよ」
「・・・どういう状況だと思いましたか」
「どういうってよ。オレでもわかるぜ。あいつら、何だかんだで有名だろ。それで人目を忍んで会ってるんじゃないのか。・・・違ぇのかよ」
「いや、たぶんそうなんですけどネ・・・」
三者三様に驚いていた。恋愛に疎いから何かとんでもなく的が外れた答えを言うかと予想されていただけに、驚く。
「真人・・・凄いね。正解だよ」
「え、マジで?」
一瞬硬直して真人が何かを考え始める。
「てこたぁ、理樹が鈴と遊んで、謙吾が古式と付き合う。恭介も卒業する。オレは・・・オレは・・・独りになっちまう。ちょっと、ちょっと待ってくれよ。そうなのかよ・・・」
蹲って真人が髪を掻き毟るだけじゃなくて、毟り始める。何か一人でドップラー効果で凹んでいるようだ。
「直枝さん、井ノ原さんは直江さんたち以外に友達はいないのですか?」
「うーん」
美魚に聞かれて思い返す。真人が理樹たち以外の友達と遊んでいる所は・・・記憶にない。ひょっとすると、鈴以上に友達がいないんじゃないかと思う。
「うーん? ご愁傷様ですネ?」
ぽん、と葉留佳が真人の方に手を置く。葉留佳なりに真人を励ましてるのか。
「・・・・・・・・・せねぇ」
ぼそっと、地を這う様な声で真人が呟く。
「・・・真人?」
「許せねぇ!!!」
真人が立ち上がり、謙吾の方に突っ込んでいく。


異変に気が付いた謙吾が、顔を上げる。
「何事だ、真人」
「許せねぇんだ・・・オレをシカトして幸せになろうとしてる手前ぇがよぉ!!」
「意味がわからん・・・」
謙吾が立ち上がり、顔を顰める。唐突にそんな事を言われても意味がわからなくて当然だ。
「お友達・・・ですか?」
きょとん、とした表情で古式が聞いて、謙吾が返答に困る。
「違う・・・と言いたい所だが、・・・・・・・・・そうだ」
渋々と言った表情で肯定していた。竹刀を置いて、真人を睨み据える。
「ふっふふふ・・・」
真人から低くくぐもった笑いが漏れる。
「うわ、真人が壊れた」
理樹が変わり果てた幼馴染みの姿に、ドン引きする。
「謙吾の先生よぉ・・・オレが勝ったら、古式の前で一人で筋肉さんがこむらがえったをやってもらうぜぇぇぇぇええええええええええええええ!!」
「・・・何?」
ぴくん、と謙吾の眉が反応する。筋肉さんがこむらがえったとは真人が考えた意味不明の遊びの事である。何か知らないが異様なテンションで真人と謙吾で遊んでいたのを理樹は忘れられない。衝撃が大きすぎて。
「やめなよ! 真人!」
「理樹・・・? これはどういう事だ」
「うん、これはかくかくしかじかで」
手短に謙吾に事情を説明する。
「・・・アホか」
「オレ一人が不幸になってたまるか。お前も道ずれにしてやるぜえええええええええええ!!」
一人猛り狂う真人に冷ややかな眼で、謙吾が嘆息する。
「待て、二人とも!!」
いつの間にかに、真人と謙吾の間に恭介が立っていた。交互に見据える。
「謙吾は二位、真人は五位。故にこの試合は成立しない。そこにいる理樹に挑んでも同じ事だ。忘れたのか、バトルランキングで挑めるのは二つ上の順位までだ」
「すまない、助かる」
古式が脅えた表情をしているのに、気が付いていない恭介ではなかった。謙吾はともかく、古式は大柄な真人に絡まれて、恐怖を感じているのであろう。それを庇う様にして立つ謙吾の姿に、真人の感情が更に不安定になっていくのを理樹にはわかった。
「恭介さん」
「ん、何だ? 西園」
「この戦い、私が介入させていただきます」
「そう、だな。西園は三位だ。バトルは成立する。いいだろう」
控えめに美魚が頷く。大人しい美魚と筋肉馬鹿な真人。普通ならば、勝負にすらならないだろう。華奢な少女の体格と、筋肉の塊の様な真人の体格。比較にすらない。
だが、体格差で決まるほど甘くは、ない。
「西園、今日のオレは普段の五割り増しに不機嫌だ。どうなっても知らねぇぜ・・・!」
答えずに美魚がすうっと眼を伏せる。細く開かれた眼でその名を呼ぶ。
「科学部部隊!」
「はっ・・・! ここに!」
わらわらと、白衣の男たちが美魚の召集を受けて結集する。
「NYP値は、どれくらいなのです?」
「良好です」
「よしなに」
冷ややかに美魚が頷いて、周りの男たちがなにやら準備を始める。
恭介の招集により、ギャラリーが次第に集まり始める。普通ならばギャラリーが投げる武器しか使用できない。だが、美魚は違う。彼女専用の武器を作る部隊が校内に存在するのだ・・・!
「西園君、これを使いたまえ」
「これは・・・?」
「我々が考え出した新兵器だ」
大型の盾。それに尽きるだろう。だが、
「我々は知っている・・・君が最近何にハマっているのかを・・・!」
「西園、手前ぇの武器はそれかよ」
「はい」
真人の手には、週刊誌を丸めて棒状の武器にしている。真人の力では狂気と言う名に相応しい武器と化す。
「守っているだけじゃ勝負にならねぇぜ。決まったな。次は手前ぇの番だぜ。謙吾」
勝利を確信し、にやりと真人が笑う。
「ファイト!!」
恭介が高らかに宣言して、戦いの開始の合図を送る。
「私が、リトルバスターズです!」
その掛け声と共に、盾の先端から大型の剣が飛び出る。そう、正しくあのエク○アのように!
呆気に取られた真人が口を半開きにしていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! こんなん勝てるかあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
一閃、銀色に煌めく斬撃で真人が一閃される。一閃の後、美魚がぽつりと、
「やはり刹那×ロックオンですよね」
そう言い残して、真人が倒れた。一撃必殺を決めて、真人を瞬殺したのであった。
「西園、ルールだ」
「わかりました。では、何にしましょう・・・うふふ」
真人は眼が覚めた瞬間に、自分に与えられた称号が『推理小説での一番最初の犠牲者』の称号を与えられた事を知る。


「いやー、何かごめんネ。謙吾君」
一言だけ葉留佳が詫びた。流石に彼女も今回は悪いと思ってるのだろう。
「いいや、気にしてはないさ。馬鹿が勘違いしただけだろう。それも変な方向に」
「やははー」
「うん、まぁ、その通りだけど」
二人を理樹が交互に見回す。
「やっぱり、お似合いだね」
「流石だな・・・ロマンティック大統領」
いつの間にか背後に立っていた恭介がにやりと笑う。
「お前たち・・・何か勘違いをしてないか・・・・・・俺たちは別に・・・」
「・・・ええ」
互いに謙吾と古式が顔を見合わせて、赤面する。
「ふーん、今回はそういうことにしておいてやるよ」
理樹と恭介がくつくつと笑いあった。不器用な謙吾が告白なんてする様子を考えたら心が温かくなったからだ。それは恭介も同じみたいだ。














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