困った。困った事になった。元々の原因は彼自身にあるとは言え、非常に不味い事になった。
「理樹。これはお前にしか出来ないミッションだ」
恭介が真っ直ぐに、真剣な色を称えて理樹を見据える。
「どーしても、僕がやらなくちゃダメなの?」
「ああ、お前にしか出来ないミッションだ」
即答で、恭介が頷く。理樹の部屋には理樹の他には真人と謙吾、鈴がいる。皆が緊迫感に静まり返る。それだけ有無を言わせない状況にあるということだ。
「理樹、普段のお前なら難なく出来た事だ。特別な事をやれと言ってる訳じゃないんだ・・・」
「いやいやいや・・・」
「理樹」
見かねた謙吾が口を挟む。
「お前なら・・・大丈夫だ。出来るさ!」
「じゃあ、謙吾。出来るの?」
「俺には無理だ・・・」
「俺もお前のそんなところは見たくない」
「きしょいな」
「てか、こんなでかい奴がそんな事したら間違いなく変態だな」
珍しく真人がまともなツッコミを入れる。それだけの異様な事なのだ。
「恭介」
理樹がじっと恭介を見る。
「本当の事を言って。恭介」
「何の事だね」
「ああ・・・俺も恭介と同じ気持ちだ・・・・・・」
「友よっ!」
「恭介っ!」
がしっと恭介と謙吾が手を取り合う。
「と言う事で、女装してくれ」
「頼む。友達だろ。俺たち」
理樹がリトルバスターズの女子に連行されて、お茶会に参加させられたのは恭介たちも知っていた。むしろ送り出したのは恭介たちだ。だが、後日男子はその内容を(色々誇張されて)伝えられたのだった。その内容の中で理樹に女子制服を着せたら存外に似合っていたと言うのを伝えられて、男子が慟哭したのは言うまでもない。
「俺も、謙吾も在られないの姿の理樹を見たかったぜ・・・」
「クー公じゃなくてか」
「な、ななな何の事だね。真人君」
「クドは寝てたね。無邪気に」
「うん。疲れてたんだろ。寝るのは早かった」
「なんだってえええええええええええええええええ!!」
謙吾が驚愕の声を上げる。意外な所から驚かれてしまったので鈴も真人もびっくりしたようだった。
「落ち着け、謙吾」
「ああ、俺としたことが・・・取り乱してしまった」
「なんで、謙吾がそこで驚くんだよ」
「いきおいだ」
「こいつ、バカだっ!」
「能美の寝顔か・・・」
「恭介が何かに葛藤してる」
「頭の中では理樹の女装姿を見れて、クー公の寝顔を見た鈴を羨ましい・・・とか思ってるんじゃねーか。だって恭介はロリだしな」
「誰がロリだ!」
「じゃあ、(21)か」
「それも違う! てか言ってる事同じだろ!!」
「照れるなよ。恭介。もっとオープンになろうじゃないか!!」
そして、謙吾が意味深に笑うのだった。
「あのジャンパーって怖いよね。真人・・・」
「あれを着た途端に、謙吾が壊れやがる。いっそ何処かに封印した方がいいんじゃねーのか」
「呪いのジャンパーだな」
「どうしたんだ。そんなにこれを着たいのか。じゃあ、貸してやろう!」
「いや、いいよ」
物凄く冷めた顔で、真人が拒否する。
「誰が着るか!ぼけっ!」
威嚇混じりに睨みつけて、鈴が拒否する。
「うん、遠慮する」
即決で、理樹が拒否する。
「そうか・・・残念だ。着心地はいいものだぞ。まるで心が軽くなったようにすら感じる。通気性もばっちりだ!」
しみじみと謙吾が頷き、自作のリトルバスターズ・ジャンパーを自慢する。
「永遠に着る事ねーよ、という意味だったのに自分に都合いいように捉えてやがる」
「何ぃぃぃいいいい!!!」
信じられないものを見たばかりに謙吾が驚いていた。それほどまでに、自作のジャンパーは自信作だったのか。
「さて、話を戻そう。着てくれるな。理樹」
「俺のジャンパーも、着てくれるな。理樹」
「両方とも、着ないからね」
「「何だってえええええええええええええええええええええ!!!」」
二人した何か大きく衝撃を受けていた。それもかなりオーバーに。
「こわっ!こいつら、こわっ!」
鈴が思わず後ずさってしまうほど、大仰に恭介と謙吾が驚いていた。
「・・・本気でジャンパー封印した方がいいんじゃねーか」
「協力するよ。真人」
迷いなく、真人に頷く。謙吾をあそこまで壊す魔性のジャンパー封印には協力して行った方がいいだろう。
「くっ・・・どうしても着ないって言うのか・・・理樹」
真剣な眼差しを称えて、恭介が理樹を見つめる。
「うん、女子制服なんて着たくない」
理樹が頷くのを見ると、恭介が悔しそうに、若干寂しそうに言う。
「そうか・・・残念だったな。理樹の恥ずかしい姿を見れなくて。ああ、がっかりだ。がっかりだよ! お前にはホントにがっかりだ! 小毬たちには見せれて、幼馴染みの俺たちはダメってか? お前の友情はそんなもんかよ!!」
寂しさが極まったのか、最後の方は切れ気味になっていた。思わず、いいよと言いそうな衝動に駆られてしまうが理性でそれを押し殺す。頷いたらダメなのはわかっている。
「いやいやいや」
「理樹、好きだぜ」
「・・・え」
真剣に恭介が言うものだから、理樹がどき、としてしまう。
「理樹はいい奴だよ。理樹はすげえな。格好いいよ。俺には真似できねえ。ホントにすげえ奴だぜ。そんなお前が大好きだよ」
「今度はおだてる作戦に変えてきやがった。何か必死すぎて見てられねーぞ」
「いい事を思いついたぞ。恭介」
謙吾が何か真剣そうに提案する。きっとどうでもいいことだ。
「どうした? 謙吾」
「俺たちが、・・・真人も含めて全員で女子制服を着るんだ。そうすれば理樹は疎外感を感じて女子制服を着てくれるぞ!!」
「それだ!!」
びしっと恭介が、指差す。
「まずオレが着ねーよ!!」
真人が全力で否定する。自分で自分の女子制服姿を想像したのか、考えを振り払う為に首を勢い良く振り続ける。
「恭介・・・」
「どうした、理樹」
静かに、指を指す。それを追って、恭介の視線も移動する。


「・・・はっ!!!」
ありえないものを見たかのように恭介が顔を引きつらせる。そして世界の終わりの如くに沈黙する。指の先は・・・鈴だった。
「・・・帰っていいか」
「もうちょっと残ってやれよ」
「わかった。そうしてやる」
真人に聞いて、鈴が立ち上がろうとしたのを静かに座る。
「あのな、鈴」
恭介が話しかけても、鈴は微動だにしなかった。存在すらもいないように振る舞っている。女子制服を着る、もしくは理樹に着せようとする奴は知らない・・・と表情がそう言っているのがはっきりとわかる。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
耐え切れないのか、恭介の表情が沈む。自業自得なのだが。
「話しかけるな。ド変態」
きっと、鈴が睨み据えて、恭介の顔が絶望に支配される。溺愛していた妹からまるで害虫を見るような、汚らしいものを見るような冷ややかな眼差しで見据えられた恭介の心の哀しみは、見ている理樹にも伝わってくる。人には落ちていけない領域が存在し、その領域に触れる事は禁忌を意味する。何故ならば触れては不幸になるから禁忌とされるのだ。それに自ら触れるのは奈落へと引き摺りこまれるのが必死。それに触れてしまった恭介は・・・遅かったのだ。何もかも。気が付くのでさえも。きっと。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
そして、恭介が慟哭した。
「・・・自業自得じゃね?」
「そこには触れないであげて」
「だってよぉ。こんな事を言わなければ恭介だって、鈴に可哀想な奴見るような目で見られずに済んだかもしれねえのによ」
「誰が毒虫だ!」
「お前の事だ」
妹が空かさず言い返す。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
そして、兄が慟哭した。そして、恭介が悟り切った様な微笑みを浮かべる。
「堕ちてみれば・・・心地いいものだよ」
「何か気持ちよくなってるぞ。恭介の奴」
明らかにどん引きしてる真人を横目で見ながら、恭介がそっと呟く。
「僕の希望は・・・何処にあるんだろうね・・・・・・」
「知るか」
それを一瞬で鈴が一蹴した。恭介だって希望を信じたい時があるのであろう。それを見い出せないのは・・・落ちてはいけない所に落ちたからだ。
「話を少し戻そう。で、恭介はどうしてこんな事を言い始めたんだ?」
見かねた謙吾が口を挟み、会話の方向を修正する。切っ掛けは何だったのか聞き出しておいた方がいいだろう。
「だってよ・・・羨ましいだろ。鈴が。女装した理樹と能美と神北に囲まれてさ。男として当然の事だろうが」
「いや、・・・そりゃあそうなんだけどさ。おかしくね? だったら何で理樹に女装しろなんて言ったんだよ?」
腑に落ちない様子で真人が言う。
「それが叶わないなら・・・せめて、理樹の女装姿だけでも見たいんだよ」
「いやいやいや、意味がわからないから」
「それ以前に普通は理樹が羨ましいと言うところを、鈴が羨ましいと言ったな」
「細かい事は気にするな。俺は、俺のやりたい事をする」
爽やかに笑ってみせた恭介は何処か晴れ晴れとしていた。鈴への誤解が1mmも解けていないのに。
「もうめんどくなってきたから、理樹。着てやれ」
本当に投げやりに、鈴が言う。心底めんどくさいと言う感情が伝わる。心の底から自分の兄の事をめんどい奴と思っているのがわかる。
「ああ、なんかめんどくさくなってきたのはわかるわ」
「いやいやいや」
「じゃあ、代わりの条件を出そう。それが嫌なら・・・」
恭介が真剣な眼差しで、理樹を見つめる。
「一晩、能美を添い寝させてくれ」


・・・・・・・・・・・・・・・


「何でそこで黙りやがる!!!」
辺りの沈黙に耐え切れずに、恭介が喚く。
「何でって言われてもなぁ・・・」
「見損なったぞ・・・恭介」
「今後一切話しかけるな、ド変態」
「恭介・・・」
理樹が何も言わずに悲しみを称えて、見つめる。何か、悲しい。胸は張り裂けんばかりの痛みを感じてしまう。そう、何処で世界を間違えたのかと。彼がこんな風にならずに澄んだ可能性が何処か似合ったのではないかと、それを思うと無性に悲しかった。恭介をこうしてしまったのは自分達の罪だ。
「見るな! そんな目で俺を見るな! 可哀想な子を見るような目で見ないでくれええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「行こうぜ。あいつには独りになる時間が必要なんだよ」
「真人の言う通りだ。恭介が気が付いてくれるまで待つしかないんだ」
「理樹、もんぺちを買いに行こう」
「うん・・・いいよ」
切なく理樹が頷く。それぞれに立ち上がり、部屋を後にする。
「あー、オレはランニングでもしてくっかなー」
「俺は野球の素振りでもしていよう。鍛錬の為だ」
「理樹、行くぞ」
「うん・・・恭介、鍵は閉めておいてね」
部屋を皆が出てから、恭介一人が取り残される訳であるが。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


恭介の慟哭が、廊下にまで響いたのは言うまでもない。














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