学校も終わり、校舎にだいぶ影が射す時間となった。 部活も終了し、家が自宅に近い人は家に、寮生活をしている人は寮に帰る時間帯となった。夕飯までは少し時間がある為、部屋で少し時間を潰したら夕飯となるだろう。 理樹は練習の帰り道に、校門の所で見知った小柄な人影を見かけた。亜麻色の髪が、黄昏に染まりきらきらと輝いているのがとても綺麗だ。彼女も理樹に気が付いたのか、荷物を持ったまま近付いてくる。 「はろー、リキ」 「はろー、クド」 何処からどう見ても違和感が凄い棒読みの英語で、受け答える。それが嬉しかったのか、へにゃとクドが頬を緩ませる。 「部屋に帰る途中ですか?」 「うん。帰ったら、たぶんご飯だね」 「あ、わたしもですー。学食でご一緒できるかもしれませんね」 「うん、そうだね」 頷く理樹にクドが嬉しそうに頷く。ルームメイトの真人はいいとして、鈴や恭介、謙吾が一緒じゃ騒々し過ぎる夕食になるだろう。いつもの事だけど。クドと同室の美魚も一緒なのがわかる為、彼女にまで迷惑が掛かるのは考え物だが。 「・・・一緒しない方がいいかもね」 「? 何でですか?」 クドが小首を傾げる。 「恭介たちも、一緒だから」 「それは賑やかな夕食になりますね。でも、賑やかなのは好きですよー」 にこにことクドが言い、理樹も釣られて笑ってしまう。 「仲がいいのは良いことです」 「・・・そういうものかな」 そうは言ったものの、クドが言おうとしていることは、わかる。幼馴染みなのだから出来る限りは仲良くしていきたい。 「わたしも、皆さんとそういう仲になりたいです」 「西園さんと・・・?」 「いいえ、普段一緒に野球に参加してる人たちみんなとです」 「大丈夫だと、思うよ」 クドの蒼い瞳に映る自分に言い聞かせるように、理樹が口を開く。 「きっと、もう、友達だと思うよ」 クドが少しの間、きょとんとした後、 「はい」 にこにこと頷いた。 ふと、目に止まった。 「それ、何?」 クドが両手に抱える小包。袋に詰められているが、形から見れば瓶だ。 「あ、はい。お爺様が送ってくれたんです」 にこにことクドが言う。 「少し前に日本に旅行に来ていて、旅行先で知り合った人の好意で頂いたものらしいです」 「へぇ、お爺さんはどこに行ってたの?」 「北海道らしいです。何でも良くしてくれた上にお土産まで頂いて感謝の言葉もないそうです。機会があればもう一度行って、お返しをしたいと言ってました」 それだけの厚意をして貰ったら、お返しをしたいと思うのもわかる。日本が好きとはいえ右も左もわからない土地に言ってそれだけの事をしてもらえば、尚更だ。 それを嬉しそうに語るクドを見ていると、思わずに頬が緩んでしまう。 「それで、それはクドの分って事だね」 「はい、貰い過ぎてしまったので余った分はわたしに、と送ってくれたんです」 クドが抱えている小包に視線を落とす。厚めの瓶に詰められたもの・・・ということは食べ物だろうか。 「中、なんだろうね」 「わかりません、あ」 何かに気が付いて、クドが言い直す。 「あいむ、ふぉげっと!」 「忘れちゃダメだからね!」 「ほわっといずでぃす?」 「や、僕に聞かれても・・・」 中身を知ってる訳でもないのに、これは何かと逆に聞かれても返答のしようがない。このやり取りから、クドも中身を知っている訳ではないことがわかった。 「わふー。外人っぽくなるのに、まだまだ道は険しそうです・・・」 一人でクドがいじけていた。無理に英語で話さなくてもいい気もするが。 「わからないなら、開けてみようよ」 「それもそうですねー」 立ち直ったのか、クドが袋を開けると、 中身はジャムだった。黄昏色を浴びて金色に輝くジャムはとても色鮮やかだ。だが、 このジャムを見ていると、何故だか背中に嫌なものを感じてしまう。背筋を冷たいものが這い、何かが心を満たしていく。直感がこれを危険なものだと断じる。ただのジャムだ。なのに、見ているだけで言いようのない悪寒を感じてしまう。これを渡してくれた人にとても失礼な考えではあるものの、目の前に爆弾を置かれたような・・・そんな脅威と恐怖を感じる。 「・・・リキ?」 クドが小首を傾げて聞き、理樹が我に帰る。 「あ、ごめん。少しぼーっとしてた」 「お疲れですか?」 「そういう訳じゃないんだけど・・・」 とりあえず、何かがこのジャムを危険だと決めていた。これをクドに食べさせるのは危険ではないか、と囁く。何の根拠もないのだけど。 「何のジャム?」 「わかりませんです。お爺様はとても刺激的なジャムと言ってました」 大概にして、ジャムと言うのは甘いものと言うイメージがあるだけに刺激的という部分がやけに引っ掛かった。辛いものは確かに食欲を刺激する。だが、これは本当にそれだけかと言うのもある。 「少し食べてみて、いい?」 「どうぞー」 「とりあえず、僕たちの部屋でいい?」 「わかりました」 ジャムを持ったまま、理樹の後をクドが着いてきた。普段何気なくクドも部屋に上がっている為に、部屋に上がられる事に躊躇や躊躇い、恥ずかしさは自然と少ないのだが。 「という事で、諸君。集まったな」 恭介が点呼し、 「おう!」 真人が頷く。 「ここに」 謙吾が頷く。部活帰りの途中に食堂に行き、食パンを買ってきてくれた。 無言で鈴がちりん、と頷いた。 「わかりました!」 変に力を入れて、小毬が頷く。鈴と一緒にいたところに連絡が来て、そのまま着いて来てしまったそうな。 「らじゃー!」 クドが頷く。 部屋に戻ったはいいものの、たまたま恭介が来ていて、事情を説明したら、それで皆に招集が掛かってしまった。 「夕食前にちょっと小腹が空くこの時間帯に理樹と能美からの粋な計らいでジャムの試食をする事になった。感謝して食えよ」 「それにしても、何のジャムなんだ?」 理樹と同じくそこが気に掛かったのか、謙吾が尋ねる。 「わかりません。申し訳ないですけど」 胡散臭げな顔を謙吾がする。無理もないことだが。 「とりあえず、食べてみればわかるよ」 にこにこと小毬が正論を言う。食べてみれば全てがはっきりする。 「神北の言う通りだぜ。じゃあ、オレから行くぜ!」 ジャムにナイフを指し、七等分した自分の食パンにべたべたと縫っていく。豪快と言えば豪快だ。ある意味で見ていて気持ちがいいが・・・ 「ちょっと塗り過ぎじゃない?」 「そーか? 照れるぜ・・・」 「こいつ、馬鹿だ!」 即座に鈴が突っ込む。別段褒めた訳でもないのだが。 「じゃあ、俺たちもパンに塗るか」 「そうしよー!」 「おー!」 恭介が促がし、それぞれの食パンにジャムを塗る。多かったり、少なかったりするが、それはそれぞれの自由だ。 「皆、塗り終えたか?」 恭介が聞き、皆が頷く。 「じゃあ、食べるとしよう。いただきます、と」 恭介が食パンを折って、パンの部分に口を付ける。 「いただきますー!」 小毬もパンを口を付ける。 「頂くとしようか」 謙吾がパンに口を付ける。 「どきどき」 クドがパンに口を付ける。 「いただきます」 鈴がパンに口を付ける。 「いただきます」 理樹がパンに口を付ける。 「いっただ筋肉ー!」 意味不明な音戸で真人がパンを一口で食べる。 それぞれでパンを食べ、喉に飲み込む。その衝撃が次第に喉の奥から衝撃する。言いようのない不安なものが全身を支配する。全ての音が遅く感じ、味覚のみがまともに働いている。なんと、表現すればいいのか。飲み込んだモノが表現不可能なモノだった。それだけだ。味覚に強烈なモノを感じた以降は全ての音が緩やかに聞こえる。全身の鼓動が一呼吸遅れた感覚といえばわかるだろうか。まるでザ・ワールド。時が止まった。全ての時が止まった一瞬を理樹は認知する。何かを言おうとしても口が動かない。 恭介が世界が終わった顔をしていた。 謙吾の顔が一瞬で青ざめた。 小毬の瞳から生気が抜けた。 鈴が何故だか笑っていた。 クドが緊縛されているように生気が抜けていた。ぼろぼろだった。 真人は・・・何故だか余裕の顔をしていた。 そして、時は動き出す。 「死ぬかと思ったぜ・・・」 「・・・ああ」 恐ろしいものを見たような顔で、恭介が言い、謙吾が賛同する。 「鈴、どうだった?」 それで鈴が我に帰ったのか、生気を取り戻して顔を上げる。 「恐ろしかった・・・」 鈴が表情を曇らせて、感想を述べる。 「恐ろしかった・・・めちゃくちゃ、いや、もーくちゃくちゃだな。くちゃくちゃ恐ろしかった。思わず笑ってしまった」 「小毬さん、クド? 大丈夫・・・?」 恐る恐る理樹が二人に聞き、小毬が表情を緩める。 「だいじょーぶだよ。おにーちゃん。わたしはだいじょーぶ」 「・・・え?」 「か、神北・・・?」 そのただならぬ様子に理樹と謙吾が驚愕する。大きな瞳から生気が抜け、明らかに普通の様子ではない。まるで精神を病んでしまった様な。 「なにをおどろいてるのぉ・・・? たいしたことないよ。おにいちゃん」 「小毬さん! しっかり!」 「あれぇ・・・? おにいちゃんがいっぱいいる」 「理樹!」 鈴が前に進み出て、小毬の顔を思いっきり引っぱたく。何度も。小毬の頬を引っぱたく音が部屋中に響く。 やがて、小毬の瞳に生気が戻ってきた。 「うわあああああああ――――――ん!! なんかほっぺが痛い―!」 「ほっぺた魔人のせいだ」 意味不明な言い訳をしつつ、安堵した様に鈴が肩を撫で下ろす。 「神北がヤンデレ化するとは・・・すげぇぜ。このジャム・・・!」 「クド・・・! しっかり!」 クドの方は理樹が身体を揺さぶる。クドが我に帰り、真っ直ぐに理樹を見つめる。 「わふー・・・? リキ・・・?」 「僕だよ! わかる・・・?」 「わかりますー・・・」 声に元気がないものの、自我を取り戻した様だ。それを見た理樹が安心して息を付く。 「・・・良かった」 「リキ。何故だかお花畑が見えましたけど、あれはなんだったんでしょう?」 「・・・え?」 意味がわからず、理樹がクドに聞き返す。再びクドが小首を傾げて、 「お花畑が見えて綺麗だったので、そっちの方に行こうとしたらリキの声が聞こえたので戻ってきましたー!」 「うわぁっ!! クド!! そのお花畑に近付いたら絶対にダメだからね!」 「能美! 寄るなよ!? 絶対に寄るなよ!?」 理樹と恭介のみが意味を理解して、クドに注意する。そのお花畑と言うのは、あれだ。良く臨死体験とかで聞く・・・あれだ。 「わふー・・・? はい」 意味が通じてないのか、クドが頭の上に疑問符を浮かべていた。 「それにしても、真人は凄いな」 珍しく謙吾が、真人を褒めていた。あのジャムを食べたと言うのに表情は涼しげだ。むしろを半笑いを浮かべてすらいる。普段鍛えている分だけ胃袋や舌まで鋼鉄なのか。 「すげぇな」 「かっくいー!」 「真人にしては頑張った方だと思うぞ?」 「凄いよ! 真人」 「井ノ原さんはとてもお強い人なのですー」 珍しく真人を褒め称えていると、異変に気が付く。真人は笑っているばかりで何一つ動きがない。そして、真人に異変が起きた。 「んあ、つぁ、ちょぎ!!」 意味のわからない奇声と共に、真人が前のめりに沈んでいく。あの強靭な真人ですらも・・・ジャムに耐えられなかったのか、と言うか何を無駄に我慢していたのか。 「ほわぁ!」 「うわ! 真人が死んだ!」 「つーかなんであんなに余裕そうだったんだ!? 真人!?」 「あほだっ!」 「ぐ・・・り、理樹・・・!」 呻く様に真人が声を漏らす。身体を痙攣させる真人に、理樹が近寄る。 「真人、僕だよ。わかる?」 「り、理樹。約束を覚え・・・てるか・・・?」 「え、何の事だっけ?」 何か真人と約束をしていたのか、と思い、色々と思い出している最中に真人が辛そうに顔を上げる。 「お、・・・俺も・・・わ、わす、れた・・・」 「こいつ、あほだっ!」 「俺にもしもの事が・・・あったらよ。いつも愛用してるダンベルを棺桶に・・・入れてくれ・・・」 真人の身体がどんどん衰弱していく。最期の力を振り絞る様に真人が喋り続けた。 「理樹、お、俺は馬鹿だけどよ・・・お前と一緒で楽しかったぜ・・・」 「僕も・・・真人と一緒で楽しかったよ!」 「へへ、・・・そうか? お前と出会えて良かったぜ・・・!」 「僕も、真人は最高の親友だよ!」 「・・・ありがと、よ」 がくっと真人の身体に力が抜けていく。真人が・・・逝った。逝ったのだ。 「言っておくが、気絶しただけだからな」 「わかってるよ」 言われずとも、紛らわしく真人が言ってただけで実際はただ気絶しただけだ。命に別状なんてない。 「真人を倒すジャムなんてすげぇな。バトルランキングにでも隠し武器で入れとくか」 「やめとけ。使われたらこの武器を使った奴が必ず勝つだろ」 「・・・それもそうだな」 このジャムはとても恐ろしいものだと言うのがわかった。バトルランキングですらも、使うのに危険だと思ってしまうぐらい。 「それにしてもどうする? これ」 「まだ大分残ってるねぇ」 七人分使用しただけだから、ジャムにあまり変化はない。減ってはいるが使い切るまで程遠い。 「それにしても能美のじいさんはこれを食ったんだろ。そう考えればすげえな」 この味のジャムを完食するのは並大抵の事ではない。それどころか孫にまで勧めてくるとは・・・実は物凄く凄い人なのかもしれない。 「お爺様はこのジャムで、日本人の心を知って欲しかった・・・って言ってました」 「・・・日本人?」 ジャムに日本が関係あるのか、と考え耽る。どう考えても日本と何かの関わりがあるものとは思えない。作られたのが日本と言うだけで特別外国人が喜びそうな・・・そこまで、考えて、 「「「死ぬ事と見つけたりかあああああああああああああああああああ!!!」」」 理樹と恭介と謙吾の声がはもる。武士道は確かに外国人が好きそうだ。日本を勘違いした外人は特に。そんなものを見い出したつもりなんてない、むしろまだ生きたい。 「このジャム、どうしよっか」 「・・・捨てよう」 鈴が即答していた。あの味を思い出したのか身震いしていた。 「捨てれば、お爺様とくれた人に悪い気がします」 「好意ならば、確かにそうなるだろう」 声を落としたクドに、謙吾が賛成していた。ならば、どうすればいいのか、この謎ジャムは。 「ふふふ・・・あたしにいい考えがある」 「よし、言ってみろ」 恭介が促がし、ちりんと鈴が頷いた。 「真人が人に迷惑なボケをしたら食わせればいい」 「つまり罰ゲーム用だって訳か」 鈴がちりんと頷いた。罰ゲームで使用されるジャムというのに何か、間違ってる気がする。 「何かやらかす度にこれを食べさせられる真人の身にもなってみろ。そのうち、本気で暴れるぞ。自棄になって裏庭にある銅像でも振り回しながら」 「めーわくだな」 「ご迷惑をお掛けしてすみませんですー・・・」 クドが申し訳なく言う。 「わたしが責任を持って、全部使い切ります。このジャムを皆さんに食べさせた罰で、授業に出れなくなって、西園さんにご迷惑をお掛けした挙句にりゅうねんしてしまうんですよねーよねーよねーよねーよねー」 見事にクドが一人ドップラー効果に浸かっていた。 「安心しろ。能美」 落ち込むクドを元気付ける様に、恭介が提案する。 「これは封印しよう」 「どこにだ?」 「無論、ここにだ。理樹、例のぶつと一緒に継承者に引き継がせていけばいい。お、何か格好良くねえ?」 「わふー! とっても格好良いのです・・・!」 「ええー」 理樹があからさまに嫌な顔をする。例のぶつというのは学園最強の男に、代々伝わる仮面がある。それと一緒に封じるというのか。 「そもそも例のぶつって何だ・・・?」 鈴がきょとんとして聞くも、 「例のぶつは例のぶつだ」 と、恭介が適当にはぐらかす。 「じゃあ、どうするんだ。ここに封印するのか」 「あ、いい所があるよ」 思い出した様に、小毬が口を挟む。 「くーちゃんが今の部屋にお引越しした時に家庭科部の家具を取りに行った所! そこならだいじょーぶ!」 「あそこな」 「鈴、殆ど覚えてないでしょ」 「あの時は大変でしたー」 散々遠回りした挙句に、近場にはエレベーターがあったというオチまで付いていた。くたびれ損をしただけだった。 「でも、あそこって許可がなくちゃ入れないんじゃない?」 「あ、そーだね」 そこに気が付いたのか、小毬がしょんぼりと項垂れた。 「じゃあ、家庭科部が使ってた和室に置いとくというのはどうでしょう」 「あそこなら、普段誰も入らないし安全だね」 「じゃあ、決まりだな。禁忌のぶつは和室に封印しておこう。やってくれるな、能美」 「らじゃー!」 こうして、謎ジャムは和室の何処かに封印された。 それを知っているのは、リトルバスターズの数名のメンバーだけ。あのジャムがその後どうなったのか、知る人間はいない・・・・・・・・・。 ブラウザバックでお戻りください。 |