正直言って、あたしはこの仕事に就いたことを後悔した。
それも激しく。
何でこんなことになったのだろう。
モース様ももう少しまともな仕事を回してくれてもいいじゃないか。
何で自分がこんなことをしなければならないんだろう。


「・・・アニス」
緑の髪の少年があたしの名前を呼ぶ。
顔は年相応にはきれいだと思う。
だけど、どこか生気に乏しい。
よくできた人形みたく冷たいように感じることもある。
この少年の名前はイオン。
ダアトにおいて最高位の導師と言う立場である。
と言ってもあたしは信じられないけど。


年齢的にはあたしとそう変わんないはず。
だけど、あたしとは立場が違いすぎる。
イオン様が少しうらやましかった。
あたしも導師ならば今みたいに苦労しなくてもいいんだろうな、と思ってしまう。
所詮叶わない願いだけど。
そんなことをついつい思ってしまう。
それくらいに今の生活が嫌だった。
借金を負った両親の尻拭いを喜んでする奴なんかいるもんか。


「・・・アニス」
それしか言葉を知らないようにまたあたしの名前を呼ぶ。
「はいはい。なんですか? イオン様」
そう言ってあたしは顔を覗き込む。
綺麗な瞳にあたしを映して、イオン様が顔を上げる。
本当に綺麗な瞳だな、とあたしは思った。
水晶のようにも見えるくらい穢れのない綺麗な翡翠の瞳。
赤ちゃんのように、ほとんど穢れのない翡翠の瞳。


「アニスは・・・僕のことが嫌い?」
「・・・何でですか?」
「だって・・・アニスはほとんど笑ってくれないから」
「そ、そんなことないですよ」
あたしはふるふると首を横に振る。
変わらない表情にどこか寂しげなものが見えた気がした。
「ううん、アニスは笑ってくれたこと、ほとんどないよ」
部屋に気まずい沈黙が訪れる。


あたしはイオン様をどう思ってるんだろう?
あたしはあたしにそう問いかけた。
ダアトの導師。
あたしと同じくらい年齢。
穢れなんてほとんどない無垢な少年。
・・・それだけ。
あたしが知ってるイオン様はたったそれだけ。
それだけしか、ない。


それだけじゃ何も知らないのと同じだ。
それだけ知らなくてこの少年を守ろうとしてる。
たったそれだけしか知らない少年を守ってるんだ。あたしは。
あたしはもっと知りたいと思った。
イオン様のことをもっと知りたいと思った。
一人の人間として、イオン様を知りたいと思った。
導師とそれを守るものとじゃなくて。
イオンていう少年を知りたい。


「嫌いじゃないですよ」
笑って、そうあたしは答えた。
「ホント?」
イオン様は少し怯えているように聞き返す。
「はい、むしろ好きですよ」
それにあたしは頷き返す。
よっぽど嬉しかったのかホッとしたようにイオン様が微笑む。
「・・・よかった」
まるで自分に言い聞かせるようにイオン様が呟く。
「・・・よかった?」
「アニスが僕のことを嫌いじゃなくて」
「何言ってるんですか? 当たり前じゃないですか」
その微笑みを見て、あたしは思う。
この人は死んじゃいけない。
何があっても。
どんなことが起きても死なせちゃいけないんだ。
そう・・・・・・あたしは思った。










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