後悔はない。
例え私が何処で死んだって悔いを残すような生き方はしてこなかった・・・・・・そう思っていた。そう思おうとした・・・・・・だけど。
何かが驚くべき速さで私の心の中に染みて、染まっていく。
だけど・・・・・・それを消そうとは思わなかった。
それが私自身であるとわかっていたから。


彼女は、ティアはゆっくりと眼を開け、視界に広がるのは天井。
ここはベルケンドと呼ばれる都市の研究所の医務室。
ここで私はある検査を受けた。
私はどうやら体中に瘴気を溜め込んでいたようだ・・・・・・それを消せなくなるほどまでに。
覚悟はしていた。みんながセフィロトを開放しようと決めた時から。
第七音素を使うたびに瘴気を取り込み、体の中に蓄積される。
それは理解していた。だけど、やがてはこうなることもわかっていた。
私はクリフォトの瘴気の中で育ったのだから。


「お、眼が覚めたんだな」
見知った声が耳に入り、ドアの方にティアは眼を滑らせる。
赤い髪の青年・・・ルークが医務室に入ってくるところだった。
「ええ、だいぶ良くなってる・・・・・・と思うわ」
「そうか、よかった」
安堵した様な笑みをルークは浮かべる。


ティアは上半身を起こす。その笑みに応える様に微笑み返す。
「心配してくれたの?」
「そ、そりゃあするって。最近無茶してたように見えたから」
ルークの表情に笑みが消える。
「なんかまた抱え込んでるじゃねえか。お前。一人で無茶するから。ティアは」
「そうね・・・・・・・・・そうかも」
自嘲的な笑みを浮かべ、ティアも黙りこくる。
気まずい静寂が部屋を包み、二人は沈黙する。


「でも、これは変えられない運命・・・だから」
「え?」
ルークが首を傾げる。
「だから逃げたくなかったの・・・・・・やがて、こうなるのがわかってたんなら、尚更」
「・・・・・・何で。何でだよ! そうやって一人で無茶して! 何でも飲み込んで! 辛いのを隠して! 何で人に頼ろうとしないんだよ!!」
ルークに激情が加熱していくのがわかる。彼は優しすぎるから。無茶してるティアを放ってはおけないのだろう。


「何で・・・・・・なんで無茶するんだよ・・・ッ!!」
責めるわけでもなく、怒るわけでもない言葉が静寂に取り残されては消えていく。
その言葉の一つ一つが、優しさがティアの胸の中に刻まれていく。
「ありがとう・・・・・・ルーク」
ありがとうと言う言葉を噛み締めるようにティアは瞳を閉じる。
「心配してくれて・・・・・・ありがとう。ルーク」
ルークは頬をかあと紅く染めて、視線を逸らす。
そんなルークの不器用な優しさだけはティアの心に残った。それだけで十分だった。


私はいつ死んだって構わない・・・・・・そう覚悟を決めていた。
だけど、今は死ぬわけにはいかない。
心配してくれる人たちがいる。それだけの理由だ。だけど・・・・・・人が覚悟を決める理由なんてそれで十分だ。
大切な人たちを悲しませたくない。それだけの理由で人は強くなることが出来る・・・・・・それを私はわかったから。理解したから。死ねない。死ぬわけにはいかない。


それを教えてくれたのは・・・彼、ルーク。
ルークと出会わなければこういう気持ちになることさえなかっただろう。きっと。
「じゃあ、オレ、みんなのところに戻るよ。ティアがよくなってることだけは伝えなきゃ。また来るよ」
「そうね。じゃあ、また」
ルークが歩こうとした瞬間、足がもつれる。
そして――――――ティアの方に覆いかぶさるようにして、勢いよく倒れた。


「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
ティアの視界いっぱいにルークの顔が映り、
ルークの視界いっぱいにティアの顔が映る。
何でこんなに胸がドキドキするだろう。
仄かにティアは顔を赤らめて、言葉を失っていく。
ルークの顔がこんなにも近いからであろうか。
心臓の音が高まり、早くなっていく。


「ティア、元気〜・・・・・・」
部屋に入ってきたアニスが言葉を失う。
医務室に二人きり。周囲に人の気配無し。ルークがティアが覆いかぶさっている。考えられる状況はただ一つ。
「え〜・・・っとお」
なんか気まずく感じて一歩アニスは後ずさる。
「・・・・・・お邪魔しましたあ!!!!」
にっこりと笑い、告げた後。もうダッシュで廊下を走っていく。
それで自分たちの状態をようやく二人は理解した。


「・・・・・・待て! 何か変なこと考えてんだろ! ちょっと待て!」
慌ててルークはアニスを走って追いかけていってしまう。
はあ、と小さくティアはため息一つつくのであった。




















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